ベルカントの生まれた国への留学
私は学生時代からベルカントオペラ(注1)を中心としたレパートリーを歌っていたので、自然な流れで“いつかベルカントの生まれた国へ留学したい”という強い希望を持つようになりました。
イタリア語で『オペラを歌う』とは“recitare”(演じる)という言葉で表現します。オペラ歌手として上手に歌えるというのはもちろんのこと、音程付きの台詞であるレチタティーヴォを巧みにこなし、登場人物を演じるなど、さまざまな要素が必要になってきます。もちろんイタリア語を使って。たまに踊ったりもしなければいけません。
作曲家の意図した役や音楽を深く理解するには、まずその言葉を学び、オペラの生まれた土地の空気を肌で感じる必要があり、留学中さまざまな都市を訪れました。ドニゼッティやヴェルディなどの大オペラ作曲家の生家を訪ねたり、彼らが見ていただろう同じ景色を眺めてみたり……自分がそこにいるというだけで、感動したものです。
注1.ベルカントオペラ:美声、声量、技術、表現力を兼ね備えた理想的なイタリア式の声楽発声法・歌唱法
イタリアの文化と歴史背景を学んでこそ得られる面白さ
留学中は、楽しいことばかりではなく、入試の直前まで課題曲が分からなかったり、伴奏者がいなかったり、日本ではあり得ないことがたくさん起こりました。始めのうちは予期しないハプニングにアタフタしていましたが、1年もすると“開き直る”という技を身につけ、「伴奏者がいないなら、弾き語りします」と言えるまでになりました。イタリア人からすると、まだまだ甘いらしく「こんな条件では、歌うのをお断りします」と試験をボイコットするべきだと言われました。
いちばん楽しかったことは、イタリア人の歌手と日夜を共にしながらオペラの舞台を作り上げたことです。イタリア語を母国語とする彼らから自然に出てくる表現の豊かさを肌で感じ、言葉の遊びや作曲家のユーモアにお腹がよじれるほど笑いました。音楽の素晴らしさ、楽しさにとどまらない、このような“面白さ”は、留学中のハプニングで大いに笑って泣いたコミュニケーションの中から得たかけがえのない学びであり、彼らの特質(北と南でもかなり違いますが)、文化、歴史背景を学んでこそ得られる面白さなのではないでしょうか。
新垣さんが留学を決めてから入学するまでのスケジュール
1998年 イタリア留学を決意
イタリア留学の必要性を感じ、大学の講座でイタリア語を勉強し始めました。
1999年 語学留学
1年間アルバイトで貯金をし、春休みにフィレンツェへ語学留学。勉強して行ったはずな のに初めは何も聞きとれなくて、非常に苦労しました。
2008年 文化庁在外派遣員としてローマに留学
長年の夢が叶い、1年間ローマで研修。あっという間に1年が過ぎてしまいました。やっ とイタリアでの生活に慣れ、新たな人間関係や勉強を中断して帰国するのは惜しいと思い、 留学を続けるためのコンセルヴァトーリオ(音楽院)を探し始めました。
2009年 イタリア文化会館にて留学説明会
入試のための願書を日本から送るために帰国。同年にイタリア政府奨学金試験政府奨学生 に合格することができました。
2010年 入試
コンセルヴァトーリオの入試に見事合格。学校の隣に寮があり、光熱費を含めて€260と いう破格の値段でイタリアでの留学生活が始まりました。学生寮は、まさに勉強するため の環境です。